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小塚ツルギ一人旅の軌跡 写真集

TABIMELO 世界の旅行記-BLOGGER-

国境を陸路で渡る。

自分以外の人が全てまぶしすぎて・・・悔しかった

2003年から2005年。バックパックを背負ってバスで国境を越えていく旅を繰り返していました。
当時、僕は世の中における全てのことが、たいがいの人に劣っていると思い込んでいたんです。
2003年、海外に赴任中の彼女(今の奥さん)に会いに行ったタイが始めたの海外でした。
見るもの全てが僕を飲み込んできた。日本の中で小さい人間だと思っていたら、世界は更に広がっていて打ちのめされた気分。
逆にそれが「かかって来いよ!」と言っているかのように感じたんです。

2回目の海外で、入国と出国が違う国の航空券で乗り込む。

自分が育った環境は過保護以外の何者でもなかった。
それに気づいたのは、まずタイのスラム街を見た時でした。
2回目の海外で入国と出国が違う国の航空券で乗り込み、さぁ、国境を渡らないと母国に帰れないぞ!と尻に火をつけて、歩き始めました。
この後に渡ることになるラオス、ミャンマー、インドなど、道が険しく、当たり前だと思っていた道路というものにさえ、過保護にされていたのかと気づいた。
裕福な国に育って、ああでもない、こうでもないと政治や社会について論評することだって、情けないことに思った。
そんなことを歌詞にすることだって、知ったかぶりのわめきにしか聞こえない。
まず、一人前になって、立派に税金を納めてから言うべきじゃないか・・・たかが、ミュージシャンという名のフリーターだった僕は、世界を目の前にして、と にかく一皮むけたいと思ったんです。
今でこそ、日本では、社会保障が足りず、飢え死にする人もいますが、それにしても、社会保障の面から言えば、ケタが違うと思ったのは特にインドでした。
ストリートチルドレンがいたるところにいて、デリーにいたっては、普通に歩くことすらできない。
2年かけて、アジアのいたるところを渡り歩きました。

結局わかったことは

自分は、大きくも小さくもない。
ただ一人の人間であって、それ以上でもそれ以下でもない。
今の自分が過大評価されようが過小評価されようが、どうでもいいことであって、自分は自分の信じた生きる道を進めばよいんだということだけ。
でも、実は、そんなシンプルなことが自分の人生における大きな財産になったのです。
この旅で、僕は自分を見つけることができたのです。
あんなことができたのも、やっぱり若さだったのかな、今でもよく、多くの出来事を思い出します。

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